民事信託への取組み

年々増加する認知症

予防医学や高齢者への生活改善指導等により、平均寿命の伸びとともに各種疾病の有病率が引き下げられておりますが、反面、認知症が増加の一途をたどっております。65歳以上の男女の内、患者数は2012年で約15%(6人に1人)であったものが、2040年には20.7%~24.6%(5人に1人~4人に1人)にまで増えると予測されております。
平均寿命の伸びとともにしばしば取り上げられるのが、「健康寿命」という考え方です。健康寿命とは、介護を受けたり寝たきりになったりせずに日常生活を送れる期間を示すものです。


 
 平均寿命(2018年)と健康寿命(2016年)の差は10年前後


健康寿命平均寿命
74.7987.32
72.1481.25
グラフ:男 平均寿命81.25歳 健康寿命72.14歳(差:9.11年) 女 平均寿命87.32歳 健康寿命74.79歳(差:12.53年)

上記のグラフによれば、平均寿命と健康寿命の差は、男性9.11年、女性12.53年とそれぞれ約10年前後の期間、「日常生活に制限のある、不健康な時期」を送る計算です。
これまでの資産の維持承継対策においては、この不健康な約10年間への対策が課題でありました。

意思判断能力が失われた後の資産管理のリスク

不動産業者→「本人の意思確認ができないと不動産の売却はできません!」
金融機関→「本人の意思確認ができないと定期預金の解約はできません!」
といったように、所有不動産の売却や有効活用、相続対策ももちろん、預貯金の引出しや組み換え等も実行できなくなる恐れがあります。この解決策として、これまでは「成年後見制度」利用するしか方法がありませんでしたが、成年後見制度は不動産の有効活用や相続対策には利用できないという制約があり、かつ費用が高額となるケースがほとんどでした。

民事信託の登場

2007年の信託法大改正を経て、「民事信託」の登場により柔軟な資産管理・資産承継対策が実現できるようになりました。民事信託は家族信託とも言われており、その多彩な機能が一部の専門家によって注目されるようになってまいりました。


 
 一般的な資産承継の対策

図:今まで 委任契約→成年後見制度→遺言執行→数次相続 今後 民事信託 〈委任契約の代用〉元気なうちから本人に代わり財産の管理・処分を託す。〈後見制度の代用〉本人の判断能力低下後における財産の管理・処分を託す。 〈遺言の代用〉本人死亡後の資産の承継先を自由に指定できる。 〈かつて不可能だった領域〉通常の民法では無効とされていた2次相続以降の財産の承継先を指定できる。

委任契約から成年後見制度、遺言執行など、大きく3つに分かれていた手続き機能がすべて一貫してひとつの信託契約で実現することが可能となりました。
加えて、これまでの民法では不可能であった2次相続以降の財産の承継先を指定することも可能となりました。


 
 民事信託と他の制度との違い


委任契約成年後見制度民事信託
委託者の設定時における意思判断能力意思判断能力を有する場合のみ設定可能意思判断能力を有する段階で設定する任意後見と、喪失後に設定する法定後見意思判断能力を有する場合のみ設定可能
法的行為の主体者受任者成年後見人受託者
契約期間中に委託者の意思判断能力が喪失した場合終了しないが、本人確認において実務上、対応不能のリスクがある成年後見人が被後見人の財産の管理を行う信託契約の定めに従い受託者の権利と義務は継続
身上監護
柔軟な財産の管理処分委任契約内容に従い可能成年後見発動後(対象者の意思判断能力の喪失後)は保全を目的とした財産の管理しかできない信託契約の定めに従い受託者の判断で可能
委託者の死亡時委任契約は終了(例外として死後事務委任契約がある)任意後見、法定後見ともに終了信託契約の定めに従い受託者の権利と義務は継続可
委託者死亡後の資産承継先指定できないできない信託契約の定めに従い設定可能
必要コスト委任契約の定めに従った費用は契約期間中に発生
  • 申立時のコスト
  • 後見の開始から被後見人の死亡による後見終了まで後見人報酬が発生
  • 後見監督人が就けば更に監督人報酬も発生
  • 設定時のコスト
  • 受託者報酬は基本発生しないが、信託契約の定めにより設定も可能
  • 信託監督人、受益者代理人等の設置の場合の各報酬信託期間中の会計報告等に伴うコスト


 
 遺言と民事信託との違い


遺言民事信託
設定時意思判断能力を有する場合のみ作成可能同左
設定方法自筆遺言又は公正証書遺言私文書又は公正証書による信託契約書
設定時の関与者単独行為(自身が単独で作成可能)契約行為(契約当事者間における契約。自己信託を除く)
財産の承継先指定一次相続のみ二次相続先以降も自由に設定可能
作成後の変更本人の意思のみで可能信託契約の定めに従い変更可能
生前の財産管理対象外信託契約の定めに従い変更可能

民事信託のしくみ

  民事信託のしくみ①

これまで築いてきた大切な財産を管理運用してもらう家族間の契約を結びます。

図:民事信託のしくみ


 
 民事信託のしくみ②

図:民事信託の仕組み② ①信託契約 ②不動産等の管理・処分 ②監視・監督権 ③受益権(家賃収入、売却益の受領) ④受益者である父の死亡後、二次受益者となる母が相続 ⑤二次受益者である母の死亡後、帰属者である子が信託財産を相続して、信託契約終了


①父と子の間で、父を委託者兼受益者、子を受託者とする不動産及び預金の信託契約を締結し、不動産の名義を受託者である子へ移転する。信託契約は贈与には該当しないため、贈与税の負担はありません(不動産取得税は非課税、登録免許税0.3%~0.4%あり)
②信託による名義移転後は受託者である子が、不動産を管理運用し、委託者兼受益者である父はお元気なうちは、受託者の行為を監視・監督する。
③委託者兼受益者である父はこれまでどおり不動産の所有者として、不動産運用から得られる賃料や売却益を受領する。
④父が死亡すると、信託契約で指定された者(母)が二次受益者として委託者兼受益者の地位を相続する。
⑤二次受益者である母が死亡すると、最終帰属者である子へと信託財産が移転し、信託契約が終了する。

上記は一例ですが、ご家族の状況、資産の内容、さらには委託者となる方の思いなどを考慮し、オーダーメイドで設計できます。



 
 コストシミュレーション

例:土地2000万円、建物1500万円の財産を親から子へ贈与または民事信託する場合。
(贈与税の計算に際しては想定路線価として80%、不動産取得税及び登録免許税の計算に際しては想定固定資産税評価額として70%をそれぞれの価格に乗じて算出。

■生前贈与(特例贈与)の場合

内容金額
贈与税9,455,000円
不動産取得税(土地)420,000円
不動産取得税(建物)315,000円
登録免許税(土地)280,000円
登録免許税(建物)210,000円
税理士・司法書士報酬200,000円
合計10,880,000円

※その他印紙税数万円あり


■生前贈与(相続時精算課税)の場合

内容金額
贈与税600,000円
不動産取得税(土地)420,000円
不動産取得税(建物)315,000円
登録免許税(土地)280,000円
登録免許税(建物)210,000円
税理士・司法書士報酬200,000円
合計2,025,000円

※相続発生時には、相続財産として相続税へ再計上される。
※その他印紙税数万円あり


■民事信託の場合

内容金額
贈与税0円
不動産取得税(土地)0円
不動産取得税(建物)0円
登録免許税(土地)56,000円
登録免許税(建物)42,000円
税理士・司法書士報酬380,000円
合計478,000円

※相続発生時には、相続税財産として相続税あり。
※その他印紙税数万円あり


当事務所での民事信託の取り組みと強み

2007年の信託法大改正において民事信託が登場してからすでに十数年を経ているにもかかわらず、未だ世間の民事信託に対する認知度は高くはないのが現状です。その背景には担い手となる専門家がまだまだ少ないのが大きな要因ではないかと言われております。
当事務所では、相続対策の一環としてこの民事信託に注目し、その設計及び組成に数年前から積極的に取り組んでまいりました。民事信託は、ご家庭それぞれによって、その完成形が大きく変わります。したがって当事務所では、ご家族との入念な打ち合わせをとおして、綿密な計画を立て、そのご家庭に最も適した信託契約を設計してまいります。加えて税理士事務所という立場から一般的な法律事務所では判断が難しい税務面の判断とアドバイスにも注力しております。ご家族そして次世代の未来のために今取り組むべきことを一緒に考えていきましょう。